お疲れ様です。
いよいよをもって限界が来たのかなと思いました。
自分はここ二年くらい、早朝と夕方から夜が元気というか通常で、日中が地獄の様に体調が悪いんです。
調べるとうつ病の日内変動というワードや起立性調節障害というワードが出ます。
しかし精神科の医師に言っても、自分はうつ病ではないと言われます。
ただ、今の精神医学では説明の出来ないことは非常に多い。自分のチック症も特に解離性障害も分からないことが多すぎるそうで、その中の副産物の一つかもしれない、と。
なのに、自分は馬鹿なのか普通の人と同じに生活したいからと、あまりにも自分に無理に負荷をかけすぎていると思いました。
動画は全面禁止、ピアノ練習は必ず毎日、運動をロードバイク、ダンベルトレーニング、ロードバイク、読書、瞑想、写経、ネットでアウトプット。
実際、これだけの精神的に多重の圧をかけて結局出来ているのは、読書と瞑想とアウトプット程度。他はやらなきゃやらなきゃと焦るばかりで何も出来ていません。
というか出来ない。気持ちは常にやらなきゃなのに、日中は酷く怠くて眠くて倦怠感が凄まじくて、倒れてしまいます。
どう考えても、今の自分には無理なことばかりです。
それでも、昔の極真空手時代とボクサー時代の名残で、気合い、ド根性。この強烈に植え込まれたもので、全ては気合いとド根性でやり抜こうと思ってしまいます。
しかし、現実、空回りです。どれだけ気合いがあっても身体が脳がいう事を聞いてくれません。
考えてみて、医師が「ドクターストップ」を長年出すほどの状態は「休め」という事と同義です。それが自分は今の今まで分からなかった。
医師はオーバーだ、自分はそんなに弱くない、そう思ってばかりでした。
基本、武道家時代の名残でストイックな思考をしているせいで「休むこと=怠け」という図式が変えられないんです。
でも、今日の酷い日中のランダムな体調不良のうちのかなりキツイ日に当たってしまい。自分が明らかに無理をしていると分かりました。
動画にしろ、何故そこまで毛嫌いするのか。ネットで見るYouTubeみたいに依存をするほどならさすがにマズいですが、自分は地上波もNETFLIXみたいなネット動画もなんだかんだ言って、せいぜい一日2時間程度。
一日中時間があるのにこの程度。全く依存をしていません。
だったら見ればいいじゃないか、と思いました。
それに筋トレもピアノも読書も瞑想も写経もアウトプットも無理してやるものじゃない。自分がしたい時にすればいい。そう思いました。
というか、やるのは良いとして「必ずやらなくてはいけない」という負担を脳に与えるべきではないと思いました。
精神疾患、精神障害者は典型的な性格があるそうです。
真面目で完璧主義者で極端で焦る。自分はガッツリ当てはまります。
特に焦ると極端と完璧主義は大いに当てはまります。
そのせいで地獄のような体調でも無理をしている。
なので、前も一度決めたのですが結局、気持ちが戻ってしまいましたが、改めて、自分は休養します。
本当だったらもっと何年も前からするべきことです。
全ての肩の荷を下ろし、日中に怠くて眠いなら素直に寝て、生きたいように生きます。それが医師のドクターストップの意味の根幹でしょう。
それを逆らい続けて限界が来ているのです。いや超えているのです。
noteのアウトプットも毎日絶対にと義務付けしないで書きたい時に書くくらいで良いのだと思います。はてなブログも同じです。
自分に過剰なあまりある重荷、それをおろします。
少し、いやもう思い切って一年くらい休養に徹します。
大学生時代から無理をし続けたんです、一年は必要なはず。
医師も最低でも十数年単位と言っていたくらいですから。
もう自分には働くという行為は難しいかもしれません。
社会の輪から外れてしまった自分を受け入れるしかないです。
それがある意味での自分の解放と信じたいです。